
一木さんが毎週月曜日に掲示板に投稿されている内容ですが、
掲示板を見られない方もあるかと思いますのでこちらに紹介させていただきます。
Y市の市議会議員による収賄事件が表に出ました。田舎市議会のTVドラマになりそうな事件ですね。悪役なんかそのまま本人が使える顔です。この事案が文春発で地元K日新聞のスクープでないことが大問題です。以前から噂があったようなので知っているはずですよ。唯一の救いは百条委で証言している市役所職員が堂々としていることです。あっぱれ。
5月10日の昨日は母の日だったらしい。昨年の5月28日に私は75歳にして寺山修司作詞、カルメン・マキ歌唱の「時には母のない子のように」の当事者になったので関係なくなりました。母の日プレゼントなど独身の時は恥ずかしくて、したことがなかったのですが、結婚した家内が、たまたまそのことをする人で、継続していましたが、昨年が最後となってしまいました。4番の歌詞に「時には母のない子のように 長い手紙を書いてみたい」とあります。実は不謹慎ながら10年前に母が死んだときの喪中はがきの文章を準備していました。一般的には何も書かないとなっていますが、もらう側としては面白くないと思っているので、タブーを破り母の一生をコンパクトにまとめてみました。その反響たるや絶大で、おばさん達、いとこ達から感動したとの電話連絡が直ぐにありました。特筆は年賀状をいただいている中学時代の恩師からはハガキが来たことです。曰く、おまえ達は似たもの母子だと。以下ご紹介しますが、皆さんはゆめゆめマネしない方がいいですよ。
前段省略(文中の句読点はありません、追記したものです):本年五月に母〇〇△△が九十八歳にて永眠しました。―中略― さて母△△は☆☆★★の八人兄弟第三子長女として昭和二年福岡県八女郡××村に生まれ終戦時が十八歳で混乱の時代が青春でした。本人の話によると負けず嫌いで運動会リレーでは抜かれそうになった時髪を引っ張ったとのこと。高小卒業時担任から福岡師範学校久留米分校進学を勧められたが貧乏で親に言えなかったことを九十歳すぎても何度も愚痴っていました。大病は無く最後まで意識も正常でした。喰わず嫌いが多く牛肉、豚肉、刺身、魚寿司、拉麺、鰻蒲焼等おいしく高いものです。一方料理は得意で、がめ煮、里芋饅頭、鯖寿司、漬物は素人離れしていました。また子二人孫五人曽孫六人を授かりご先祖から頂いた命のタスキを繋ぐ責任を果たしました。
俳優で歌手の中村雅俊さんの奥さん五十嵐淳子さんが73歳で急逝されたそうです。おしどりと云われていたようですが、愛妻家かどうかは2年以内に判ります。一般的に愛妻家もどきは相手は誰でもよく「愛妻家ごっこ」をしたいだけという説があります。ほどなく20歳位年下のチャラ女と再婚するような気がしますが、言い過ぎですかね。
新1年生歓迎会余談です。「自治会だより」記事のために毎回写真撮影に行きますが、撮影の狙いは設計しているので最初はかなり暇です。対策はいつもスズメの卵2袋を持参しますが、今年はスズメの卵1袋、ボンタンアメ1箱にしました。西窓際でオレンジ色の「ボンタンアメ」を食べていると4~5歳の男児に見つかりました。明らかに欲しそうな眼ですが下手にあげて喉にでも詰まると大変です。知らん顔をしていました。しばらくすると私の右腕をさすり始め、挙句に腕に抱き着いてきました。その間無言でした。そして数分でやっと諦めたようです。人生の辛苦を鬼心で教えました。子や孫には甘々でしたけどね。知らないおじいちゃんから食べ物をもらったらダメよ。なお兄弟菓子の「兵六餅」は販売休止するようです。キッドにはもう少し残っていました。子どもの頃に、たまに薩摩川内市の親戚が来る時のお土産が「兵六餅」と「ボンタンアメ」の箱詰めでした。兵六餅の斬新な味覚と強い香りに魅了されたものでした。残って欲しいですね。
ちなみに博多の親戚が持ってくる「(博多)にわかせんべい」のまずさには辟易していました。今は味も良くなったようですが。
チョット早めですが、7日と10日に東窓と南窓に遮光シートを設置しました。縦2m横4mと縦1m横2mの2枚使いで約7,000円です。最低4年間はもたせ、年間5カ月使用し年2,000円(月400円)の償却費となり、これで直射日光を防御するのでマイナス5℃となり、酷暑をコスパ良く回避できそうです。昨年までの経験で行くと、私の耐暑能力は34℃までのようです。なぜ、早めかというと、例のアホの西洋花札のせいで、ナフサ不足で石油製品の遮光シートが不足するかもしれないからです。今ならホームセンタの入り口に山ほど積んでありました。設置は昨年試行して学習していたので2枚を50分でなんとか終了しました。やれやれ。

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